ここにも穴がありまして。

思ったことをつらつらと。

僕の退職までと退職後の心理変化

こんにちは。はじめましてという方ははじめまして。
お知り合いならいつもお世話になってます。
勢いでフォローを切ってしまったりした方は本当にごめんなさい。
3回目の記事となります。
あな子( @Inasaki_0726 )です。

今回は退職から退職後(今の状態)の心理変化について述べてみようと思いました。
例によって例のごとく走り書きで書いています。
読みにくいとは思いますが、ご了承頂ければなと思います。

※度々となりますがフェイクを混ぜています。ご了承下さい。

・退職を受け入れた直後

◯いつか見返してやる!
やはり前回の記事に書いた通り、受け入れた直後は非常にモチベーションが高かったです。
丁度情報技術者試験が近かったので、特に力を入れて対策を行いました。
情報技術関連の知識は今後やっていく上でも必要なので、ここまでは非常に良かったかなと振り返っています(結果待ちです)。

○作成したプログラムのメンテナンス
前の会社に思い残しがないように作成したプログラムのメンテナンスを行いました。
バグが発生したら会社の都合上、中々見てくれる人がいない現状だった為です。
今も元気に役に立っていたらなあ……って思ってます。

・退職する事の重み

◯情報技術者試験後
最初こそは強がっていたものの、退職日が近づくにつれて感情面で非常に不安定になっていきました。

まず最初に「落ち込み」が続く状態になりました。
具体的には「なんであの時○○しなかったのだろう」「もっと勉強していれば」って感じですね。

次に「怒り」が生じました。
これは前回の記事のパワハラ上司に向いていました。
「あの上司さえいなければ先輩も失踪しなかった」「こうなることの元を辿ればあの上司だった」
正直「他責」に向いていました。非常に恥ずかしい話ですね。

そして、「焦り」に変わっていきました。
「今後どうしようか」「このままだとまずい」
焦りは禁物と言いますが、まさにその通りだと思います。実際に退職後にも響いています。

・退職後

◯手がつかない自習
はい。はっきり言って論外だと思ってます(エンジニアとしては致命的ですね)。
家族と話したりすることでストレスは少しずつ緩和されていったものの、
自習に関しては「全く」と言っていいほど手がつきませんでした。
在職中にはできていたにも関わらずにです。

ここで再度、「焦り」が生じました。
「今やらないと今後絶対響く」「時間があるのになんでやらないんだ」
これが逆効果となり、その時間を無駄に過ごしていって。

「自分への失望」へ変わりました。
「これじゃあ(様々な意味で)自分は駄目だ」「今後やっていけない」
と言ったように、とにかくネガティブな方向に流れていきました。

今でこそ時間を経て回復し、少しずつ自習も再開しております。
しかし、残念ながらこの感情は少し残っており、正直な所、不安要素だったりします。

・転機

○転職エージェント
退職決定直後にヤケクソで登録した転職エージェントから連絡があり、実際に面談を行いました。
またまた恥ずかしい事なのですが、すっかり忘れていた事です。

エージェントの方は非常に丁寧に対応してくれました。
今までのこと、どうして退職に至ったかのこと、これからどうするかの相談。

仕事に対して前向きに慣れたのは久しぶりな気がしました。
そこで、ようやく転職活動をしようと決心できました。GW終了直後の事です。


……正直滅茶苦茶遅いですね(反省)。

○現在
先も述べた通りようやく回復し、自習を少しずつではありますが行うようになりました。
転職活動については現在順調とまではいきませんが、それでも面接まで行けたりと非常にありがたい限りです。
だからこそ、なんとしてでも立ち直って見返してやる!って気持ちで行動しています。

・僕の経験から伝えたいこと

◯可能であれば在職中に転職活動を
僕自身は在職中に転職活動してない(ほぼリストラに近い形だったので猶予がそこまでなかった)ので個人的な意見となりますが、
できれば在職中に転職活動を行った上で退職がいいかな、と感じています。

というのも、やはり「無職」は精神的にまいる所があります。
金銭面での不安、社会的不安、それを踏まえた将来の不安など、常に付きまとうのが正直な所です。
個人的にはこれらが一番しんどいな、って思うところですし、今も感じています。

ただ、本当にブラックな企業であった場合は先に退職して良いと思います。
これはブラック研究室での経験からです(古い)。

○退職を促されたりリストラされる覚悟
最近凄い偉い人が「終身雇用は無理」って言ってましたね。
ですので、やはりいつ「その機会」が来るか、誰もが覚悟しといた方が良いと思っています。
他人事として見てると僕みたいになります!

……そして、そのストレスは膨大なものです。
実際に「解雇される事」は「パートナーとの死別」「離婚」よりもストレス負荷が掛かると聞きました。
ですので、いつそうなっても良いように、例えば、
「スキル習得に努める」「自分の能力を棚卸しする」
といった事は有効かな、と思います(所詮アラサーの浅知恵ですけどね)。

・後書き、謝辞

正直、今こういう経験をして良かった、と今は振り返っています。
実際に「リストラされた夫が××する」っていうのもわかる気がしました。
「自分で辞める」のと「辞めさせられる」の、後者の方が圧倒的に辛かったですから。

さて、この一ヶ月の間に様々な方に迷惑をかけてしまったと思っています。
その中でも手を差しのべてくれた家族や友人、フォロワー様、エージェントの方には頭が上がらないです。ありがとうございます。

そして、この記事が誰かの参考になって頂けたらな、なんて思っています。
僕は経験で学ぶという、残念なタイプです!はい!(すみません)


最後に、いつものように。長いこの記事を読んで頂き、ありがとうございました。

某IT会社から退職勧告されまして。

こんにちは。はじめましてという方ははじめまして。
お知り合いならいつもお世話になってます。
勢いでフォローを切ってしまったりした方は本当にごめんなさい。
2回目の記事となります。
あな子( @Inasaki_0726 )です。

今回は会社から退職勧告を受けたので書こうと思った次第です。大学院中退に続き、またしてもやらかしました。ごめんなさい。
社会って想像よりも遥かに厳しいものでしたね!ってことです。
滅茶苦茶走り書きで書いていますので、読みにくいとは思いますが、ご了承頂ければなと思います。

※当たり前ですがフェイクを混ぜています。ご了承下さい。

・大学院退学後、何をしてたか

◯無謀にもIT業界へ
前回の記事では大学院の中退に関して書いていました。その後、何をしていたかと言うと。

はい。無謀にもIT業界に突撃しました。
内定先としては重電系と、IT系の二つがありました。出身の関係で中々専攻を生かした所にはたどり着けなかったです。

そして、最終的にITにした理由。兄も弟もIT業界だったんですね。で、そこで切磋琢磨できたらなあ、と。
それで、兄と内定先が、「何処」と取引してるか、を確認した上で入社を決めました。

勿論この時点ではプログラミングなんて未経験でした。動機も含めて、この時点で甘ちゃんですね(反省)。

当然、「取り返すためにも院の時ばりに勉強しないとなあ」と覚悟を決めて、情報系の知識と、あるプログラミング言語の初歩の初歩を入れた上で入社しました。

今も勉強は継続してやってます。この業界、新しいこと多いなあって思いながら。
勿論、プログラミング言語(何かは伏せます)もですよ!楽しいですし!

・退職勧告に至るまで

◯配属先の上司のパワハラ、先輩の失踪
研修も苦戦しながらやり終えまして、さていよいよ!と行ったところでした。
二度あることは三度あるではないですが、配属先の上司が残念ながらパワハラ上等の方でした。

僕に対しては仕事を一切与えない、所謂「過小の要求」がとにかく大きかったです。OJTも何もありませんでした。

更に何もできなかったので仕方なく何か役に立てないか、とプログラムを組んでたのですが、「お前には早い」と禁止されました(それでもこっそりやってましたが)。

結局、本当にやったことは紙に穴を開ける作業だけでした。なので、自虐を込めて穴開けパンチエンジニアを自称してます(悲しいけど)。

更に酷かったのは、先輩に対しての態度でした。露骨に暴言吐いたりされてて心が痛かったです。

そして、ある日先輩が文字通り「失踪」しました。
以前にも同じ上司のもとで失踪者が出ており、このことは流石に問題となりました。

結果として上司は厳罰に処分され、僕もその都合で異動となりました。

・退職勧告へ

◯事務の手伝い
さて、異動した僕なんですが事務の手伝いをしていました。
プログラムを組む人として事務屋の手伝いとは何事だ!って言われたのは覚えています。
しかしながら、折角、前の所でプログラムを(こっそり)やっていたので、業務の手間を省けるようなものを作ってました。
結果としてちゃんと動いて。事務の方に凄く喜ばれて。やっと役に立てたな、って嬉しかったです。

○久しぶりの言語。新しい上司の要求に応えられず……
さて、そんな中で別の方がやっていたプログラムがあったので、途中でその引き継ぎを行いました。
しかしながら、今まで離れていた、研修でほんの少しやった言語。
復習しながら、そして四苦八苦しながらも行っていましたが、新しい上司は言いました。
穴子くんさ、この言語何も理解してないよね。研修で何を学んできたの?」
僕は言葉下手な自覚がありますが、それでも学んだことを述べました。
しかし、「言い訳をしている」と一蹴されてしまいました。

ただ、上司を擁護すると、上司自身は尋常ではなく仕事ができ、いわば「エースであり、かつ役員」でした。僕から見れば目標としていた人でした。故に、と言うわけではないですが、何も言い返せませんでした。言い訳なのは事実ですから。

翌日、その事を会議で吊し上げにされ、その都度何も言えませんでした。これも最早完全に能力不足です。

それを見かねた当の上司は「流石に今の状態だと問題がある」と会議。
結果としては要約すると、「今すぐ辞めるか、来月まで勉強してから解雇予告されるか」でした。

そして、今、辞めようと心に決め、書いています。これ以上、何のために会社にいるのかわからなくなっていますからね。只でさえ給料泥棒なのですから。

・僕のちょっとした呟き

◯ここまで知っている人ならわかる通り
僕が入ったところは、結局やっていることは客先常駐、所謂SESでした。
その上司はその中で自ら受諾開発ができるくらい優秀でした。
そして、SESは散々言われていますが、「人を流すことで成り立っている」業種です。
ですから、僕のように自社待機しかない人は真っ先に切られます。

逆に、穴開けパンチをしているだけでも外にいれば儲かってしまうんです。
実際、様々な意見が飛び交うこの業種ですが、僕自身能力がないこと。そこに警戒せずに踏み込んでしまったこと。
そのことから、僕自身はこれ以上は何も言えませんし、語る資格はないと考えています。

ただ、自分の能力や適正を踏まえ、情報を集めることは有益です。
その上で進路の選択を誤らないようにして欲しいのが願いです。

・今後どうするのか

当たり前ですが、没頭のようにプログラミング言語の勉強、特に事務の方に喜んでくれた言語、上司に指摘された言語の勉強は行っていきます。片方はやられたままでは悔しいですしね。

後、やっぱりと言いますか、要求に応えられたとき、感謝されたときのことはずっと忘れられません。それだけでもプログラミングに触れて良かったなって思っています。
その為、やはりそういったところに就ければな、と考えています。

ただ、実際にうまく再就職ができるかどうかは………正直わかりません。
それでも、また挫けず這い上がれれば、と考えています。かつてそうだったように。

後書き、謝辞

この件に関して話したとき、励ましの言葉や労いの言葉を友人や兄弟から受けとりました。
本当に感謝の言葉しかないです。
ありがとうございます。

会社に関しても、僕の味方をしてくれた方、多くいました。その方々がいなければ、遅かれ早かれではありますが、当の前に脱落していたと思います。ありがたい限りです。

そして、前の記事にも書いたように、一人でも僕の二の舞にならないよう祈っております。
特に失敗を生かせていないところとかですね!


最後に、走り書きとなった。長いこの記事を読んで頂き、ありがとうございました。

僕の大学院中退。

こんにちは。はじめましてという方ははじめまして。
お知り合いならいつもお世話になってます。
勢いでフォローを切ってしまったりした方は本当にごめんなさい。
あな子( @Inasaki_0726 )です。

今回、某所に無事内定し、大学院中退が決定的になったので書き起こしました。

僕は企業での研究を行い、それがきっかけで博士課程を志望し、他大学から進学しました(正直、天狗になっていた面もありました。猛省)。

その末の決断であり、その思いを下手なりにここへ残します。

※極一部フェイクを混ぜています。ご了承下さい。

・大学院休学に至るまで

◯先輩と指導教員から受けた悪態
ぶっちゃると「いじめ」にあってました。今となって思えることですけどね(笑…えない)

・実験器具のマニュアルがなかったので、簡易マニュアルを作成したところ「こんなのいらん。頭で覚えろ!」と怒号
・先輩が明らかに間違えてても「俺の言うとおりにしろ!」という怒号
・イベントの際の露骨な仲間外れ(当の先輩主導の際)
・深夜12時過ぎでの長時間に渡る叱咤
・先輩と指導教員のタッグで研究に必要な情報を隠蔽、解決するや長時間叱咤
・一対一での場で人格、趣味を完全否定

などなど、一部ですがこんなところです。

今更ですが、インパクトがあったのは「パチンコ趣味を棚にあげて音ゲー趣味を完全否定」でした(パチンコが趣味な方、ごめんなさい)。

上記のようなこともあり心が折れ、無気力でしたが、親しい先輩のアドバイスや同期のフォローもあり、研究室の異動を申し入れました。

しかし、研究室のボスがそれを良しとせず。言われたのは以下のものでした。

「ここでやっていけないなら、他でもやっていけない」

これはたまらないと、こちらもカウンセリングまで駆け寄り、相談の場を設けました。

しかし、指導教員は「反省してます」と棒読みでだんまり。ボスは指導教員を庇う一方。結局進展無し。

そして、翌日。指導教員は「ニヤニヤ」しながら「残念だったねぇ」と。

結局、研究室異動も失敗。その晩「ある」未遂まで至り、このままではまずいと思い逃亡。

それからは研究室には行ってませんし、「強引」に休学しました。

※この休学は、親しい先輩や同期のフォローがあってのものです。本当に感謝しております。

・大学院退学の決意まで

◯自分自身の反省点
やはり、先輩や指導教員との交流がうまく取れていなかったから……と今も考えることがあります。

研究室の調査も怠っていたことも(別研究室の友人からは怖い印象だったそうです)。

実際「ブラック研究室」って噂立ってた程ですからね(有機溶剤をドラフトなしで実験してたことも……)。

自分自身も甘い面があった。それは戒めなければならないです。

◯数ヵ月の無気力、自暴自棄
さて、大学院を休み初めてから数ヵ月は、最早無気力、自尊心も崩壊状態でした。

事実として、当時のツイッターの内容は相当病んでいたものであります。

過去のログを振り帰れば自分自身「うわぁ……」ってなることがあります。

正直あまり見たくない程です。

更に休んでる間、自分に対する嫌悪感も凄かったです。「ああすれば良かったんじゃないか」とか。今更ですけどね。

しかし、以下のようなこともあり、回復に向かうことができました。

◯友人の支え
僕がここまで回復できたのは、間違いなく友人の存在であります。

高校時代の友人とも飲みに行きましたし、お互いの現状を吐きあったりしました。

特に長い間付き合いのある友人が、長い非正規職を経て正社員になれたなど、吉報も聞くことができました。

大学の友人とも会いに行きました。

今のアカウントで相互の、同じ学科の友人がいるのですが、内定を得たようで、自分のことかのように嬉しかったです。

修論も無事に書き上げて。本当に嬉しいです。自分ができなかったからこそ、そう思えます。

◯アルバイトを復帰して、当時から続いていたマネージャーさんやパートさんからの一言
体調が上向きになった頃、学部時代お世話になっていたアルバイト先、接客業に再び、少しずつではありますが勤めました。

正直に状況を伝えました。でも、マネージャーさんはこう応えてくれました。

「よく戻ってきたね、嬉しい」
「また、声だし番長(声出しだけは得意でした)の復活だね」

パートさんからも、

「人生は長いんだから。大丈夫。アルバイトにも真剣に取り組めるあな子さんなら」

散々研究室で人格否定をされ続けたので、外部からのこの言葉には嬉しさしかありませんでした。

この経験から、自分は研究室でやっていけなかったけど、他でもやっていけない訳ではなかった。なら、別の所でまた頑張ればいい、と。

そう考えることができるようになりました。

◯退学の決意へ
これらのこともあり、僕は退学を決意しました。(この記事を作成中に)無事に内定も取れましたし。

勿論、研究に対する未練はあります。しかしながら、このままでは何も進展しません。何も変化しません。

だったら、自分から別の道に踏み出そう。一つの人生の舵取りとして。

「合わない環境は寿命を縮めるのです」

最近の有名な作品の言葉ですが、本当にその通りなのだと思います。

勿論、苦しい道になるとは思いますが、「人生なんとかなる」。そう思って今後の活動を行っていきたいと考えております。

・大学院を退学するということ

◯依然、既卒は厳しいけれども
大学院中退することというのは、やはり多くの方が言うとおり、「新卒」カードを失うことでもあります(僕の場合は自業自得な面もあります)。

けど一年たった今としては、上の通りどうにかなるものだと考えることができます。

よく「レール社会」なんて言われます。これから外れる勇気さえあればどうにでもなります。

(ただ、できることなら卒業はした方が良いと思います。やっぱり社会的信用なども踏まえてですね……!)

◯ピンチでもあり、チャンスでもある
このような状況は、ある意味でもピンチであり、チャンスであると考えています。

何もアクションを起こさなければピンチなのですが、行動を起こすことでチャンスに変えることができると。

実際休学初期の頃の自分は何も行動を起こせませんでした。だからこそ自分を追い込んでいったのだと思います。

しかし、アクション、僕の場合はアルバイトなどですね。これを起こしたことで様々な出会いがあり、研究室とはまた違ったものを学ぶことができました。

追い込まれたら、ゆっくりでいいので、回復してから行動すると変わってくると僕は思います。

・僕の経験から知って欲しいこと

◯ハラスメント、特に「モラル・ハラスメント」の脅威
モラル・ハラスメントというのはよく夫婦間で取り上げられたりしますので、以下の記事を参照して頂けると幸いです。

モラハラの特徴

しかし、これは夫婦間のみに限らず、研究室や、恐らく、会社内でも起こりえることです。

そして恐ろしいのは、まわりに理解されがたいことから、本人が追い詰められてしまうことです。

そして、逆に自分もやっている、やっていたかもしれない。また、自分もひょっとしたらやられているのかも、という意味でも一読しておくことをお勧めしたいです。

……自分への戒めとしても。

◯「本当に」親しい友人との繋がりの重要性
僕が荒れてるときでも、「真正面から」ぶつかって、「真っ正面から」支えてくれた友人の大切さを改めて実感しました。

友人と思ってた人に現状を冷たくあしらわれたこともあって尚更です。

喧嘩してもいいんです。喧嘩して関係が切れればそれまでの関係ですから。だからこそ、それでも向き合える友人は大切です。

なので、もしそのような友人がいるのでしたら、大切にして欲しいです。お互いの助けとなりますし、貴重なものですから。

そして僕としては、これからもその友人を大切にしたいです。本当に。

◯例え全く関連のない研究内容でも、楽しめる可能性がある。とにかく指導教員との相性が大事
元々を辿っていけば、僕がその研究分野に進んだのら「本来やりたかった研究」ではなかったものです。

しかし、学部時代はそれに楽しみを見出し、結果として大学院に進みました。

しかしながら、大学院ではその分野が嫌になりました。

人間関係というものは、非常に重要だと考えております。僕のように凡人であるなら、尚更のことです(勿論、そのことを気にせず突き進められる方もいます。そういった方は素晴らしいです)。

もしやりたい研究でなくても、何かがきっかけで好きになれたりするものです。その土台となる、指導教員との相性は重要です。

その為にも、研究室の調査は厳密に行うことをお勧めします。その辺りの話は「ブラック研究室」で調べれば把握しやすいと思います。

是非、これから理系に進学する方、もしくは理系に所属している方には知って欲しいです。

後書き、謝辞

学部時代、散々迷惑を掛けてしまった企業の方々には、今になっては頭が上がらない程です。

あの時の指導があってからこそ、今の自分があると考えております。

そして、一人でも僕の二の舞にならないよう祈っております。

最後に、この記事を書くに辺り、てりたま( @T_ritama )様の記事 私が休学を決めるまで - T.が過去を振り返る は大きな動機に繋がりました。

完全に病んでる状態だった当時、それでも変わりなく接してくれた友人、同期、親しかった先輩。そしてフォロワー様。

感謝してもしきれない程です。







そして。長いこの記事を読んで頂き、ありがとうございました。